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戦場の音がする。
暗闇と、雨の中、俺は屍の上に立っていた。

その有様に、もう、殺したくない、と小さな俺は喚いた。
もう何も誰も傷つけたくない。

途方にくれていると頭上から光が降ってくる。
空の女神より確かな光が俺を包んでくれた。









「ん・・・」

うっすら目を開けると、見慣れた天井が見えた。
まだ夜中なのだろうか、光は無い。
雨はやんでいないらしい。ざあざあ音が響いている。
隣に手をやると、そこには何も無かった。
睦んだ相手がいないことに焦る。

「ロイド・・・?」

まだベッドは温かい。
慌ててベッドから跳ね起きて、とりあえず服を着る。
1階に行っても姿は無く、部屋は暗く静まり返っていた。
ならば屋上かと駆けていくと、案の定、そこに求めた姿があった。
傘を差した後姿は俺の気配を察して振り向く。
心臓が早鳴る。どんな表情で俺を見るんだ。

「ランディ、濡れるよ」

普通に笑って、傘の中に俺を入れる。

「あ・・・」

視界が一気にぼけていく、雨のせいではない。
俺は目の前の体をありったけの力で抱きしめた。
傘が雨の地面に落ちてびちゃりと音を立てた。

「ちょ、ランディ、苦しい・・・」
「お前、いないから、探しちまった」
「あ、ごめん。本当は昼間の麻婆豆腐でも温めに行こうかと思ってたんだけど」

夜中につまむって言ってたから、なんて言う。

「馬鹿、俺はてっきりいなくなったかと」
「なんで?」

なんで?なんでなんてはっきりしている。

「俺、ひどかったろ。怖い思いさせたろ?」

ああ、情けない。
声に涙が混じる。
ロイドは俺を抱き返して、ふふ、と笑った。

「いいや、・・・不思議だけど、嬉しいだけだったな」

雨がざあざあ俺たちを叩く。とっくにずぶ濡れになっていた。
俺は目を見開く。

「中に戻ろう?」

ロイドは俺の手を取った。
俺はこの手を、金輪際離せないだろうと思った。



「濡れたね」
「ああ・・・」

ロイドはタオルで俺の頭を拭く。
丁寧にふき取りながら、ふと思い出したように問いかけてきた。

「さっきどうして泣いてたんだ?」
「見られてたか」
「そのくらい分かるよ」
「・・・お前がいたから、そんで笑ってくれたから」
「ああ・・・だって俺が笑ってれば笑えるって言ったのはランディじゃないか」

それなのにどうして泣くんだ、と言う。
わからねえのかな。

「お前と同じ、嬉しかったから、かな」

明らかにロイドは安堵したようだった。
ふっと空気が明るく、柔らかくなる。

「そっか。それなら、良かった。でもまたおれランディのこと泣かせちゃったな」
「お互い様、だろ?」
「はは、そうだね」

タオルを持つ手に手をかけて、ひょいと引き寄せる。軽く口付けた。
そういえば、始めやった時にはキスの一つもしなかった。
二度三度重ねるうちに、キスの回数は増していったのだが。

「体、大丈夫か?」
「うん、あちこち痛いけど、まあ大丈夫かな」
「そっか」

苦笑いするしかない。無理をさせた。
痛いのは当たり前だ。

「あ、あの、さ」

突然ロイドは耳まで朱に染めて、うつむく。
なんだろう、先を促すとぎゅっと俺の服を握った。

「おれ、ランディの言うとおり変なのかも」
「は?変って?」
「だ、だって、初めてなのにあんななって・・・お、おかしいだろ」

ロイドの目はうっすら涙が浮かんできている。
俺はあっけに取られて吸おうかと思っていた煙草の箱を取り落とした。

「感じやすいだけだろ」

良い事なんじゃねえの?

「それが変だって・・・ランディもおかしいって思ったんじゃないのか?」
「いや、俺は何も・・・」

体が熱くて半分意識飛んでたし。
それどころじゃなかった。
まあ、ロイドの何が良かったって、とにかく俺を全部受け入れてくれた事だ。
罵ったり嘲ったりしても俺に付いてこようと必死で、すごく、良かった。

「そんなに気になるのか?」
「ちょっと、自己嫌悪・・・」
「なんでそうなるかなあ」

淫乱とか変態とか言ったからかな。
やっぱ、傷付けたよな。

「俺のせいだ。お前は悪くねえよ」
「違っ、」
「俺の言葉で傷付いたんだろ?」

ロイドの頭をわしゃわしゃ撫でてやる。

「違うんだ。ランディに色々言われるのも、その、気持ち良かったのが・・・変だなって」
「ぶっ」

(Sと見せかけて今度はM?)

「ククッ・・・・」
「何笑ってるんだよ」
「いや、ありがたいことだと思ってね」

全部、全部許容してくれた。
それでいてさらに上を行く俺の恋人。

「お兄さんのテクにもうメロメロだな」
「ランディ!おれ真剣に悩んでるのに」
「いーんだよ、お前はお前のままで」

そう、俺が俺のままでもお前が受け入れてくれたように。

「夜が明けたな」
「あ、本当だ」

暗い雨はやみ、薄日が差し込む。
ロイドの手を握ると、無言で握り返してくる。
その表情は照れたように笑む。

(ああ・・・)

空の女神より確かな光がある。
俺は、それを目の当たりにして目を眇めた。

こいつとなら歩き出せる。きっと。
この新しい朝を。
 
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