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それから俺は支援課に戻った。ロイドを連れて。
お嬢とティオすけには原因は不明だが地下牢にいた、ということで説明をつける。
大分痩せた姿を見て、二人とも口を覆っていた。
意識のないロイドを見て、ティオすけが無言でロイドの髪を撫でる。

「それで、・・・その、何があったとかは分かったの・・・?」
「監禁に、・・・強姦だな。意識はあったが錯乱してる」
「そんな、その病院には?」
「連れて行った。衰弱はしてるが健康に問題は無い。点滴だけ受けさせてきた」
「入院しなくても大丈夫なの?」
「一度病院で目を覚まして暴れたんだ、鎮静剤で眠らして連れて帰ってきた」
「そうなの・・・」
「で、だ。こっちには無いが、記憶の操作が出来る僧侶がアルテリアにいるらしい、だから俺はこれからロイドを連れてそっちに向かう」
「こちらの教会では・・・?」
「シスターに頼んでみたが、出来ねえそうだ」

とりあえず一晩はここで様子を見てはどうか、というお嬢の言葉を制して、俺は空港に向かう支度をする。
一刻も早く、あいつの記憶を消し去ってやりたい。
俺の事なんか忘れて、全てを真っ白に戻してやりたい。
たとえ俺でない俺に恋していたとしても俺であることに疑いは無い。
喜ぶべきかもしれないが、出来ないと思った。
もう二度と優しく触れられないなんて。
ベッドに寝かしたロイドはまだ目を覚ます様子も無い。
暗がりの中で分からなかったが、日に当たったその様子は酷いものだ。
唇は荒れて、頬はこけ、覗いた手首は骨と皮だけになっている。

「・・・ロイド」

これから真っ白に戻してやるから。


ロイドを抱えて空港に向かう。
搭乗手続きを済ませて、乗り込むと客席にロイドを寝かす。
鎮静剤の効果で眠り続けているが、起きたらどうなるか想像に難くない。
それほどにあの牢獄はロイドの精神を蝕んだのだ。

「いや、俺のせいかね・・・」
「何がです?」

不意に声をかけられて驚く。
そこには緑色の髪をした白い服の男が立っていた。

「い、いやあ、ちょっとした独り言で・・・」

俺は慌てて取り繕うような笑みを見せる。

「お連れさん、随分弱ってますけど大丈夫でっか?」
「これから、アルテリアで治療してもらいに行くところなんだ」
「ほう・・・」
「ま、事情があってな」
「アルテリアまで行かんでも、俺が何とかしましょか?」
「え・・・?」
「一応これでも神父や。やってみるだけやってみましょ?」

神父にはとても見えない身なりだといぶかしむと、証を見せるように七曜教会のマークの入ったペンダントを見せる。
どうやら本物らしい。
青年の雰囲気からして治療費を請求するぼったくりでもなさそうだ。

「記憶を、消すって事は出来るのか・・・?」
「よほど根を張ってなければ」

神父はにこっと笑う。

「・・・分かった、頼む」
「しかし、本人の了承はあるんですか?」
「無い、が、まあそれは医務室に行ってから話すことにする」
「ふむ、まあ色々事情があるようで・・・」

神父はその後名前をケビンと名乗った。
ノリが軽くてどこか共通する闇のようなものがあった。
普段滅多なことではクロスベルには立ち寄らないそうだが同僚の女性にみっしぃのぬいぐるみをせがまれたということで渋々立ち寄った帰りだったらしい。
医務室に着いて、簡単に事情を説明する。
ケビン神父は渋面を作って、ご愁傷様ですと言う。

「ふむ、じゃあ監禁された記憶をまるまる取り除いて欲しいと」
「まあ、そういう事だ」
「分かりましたわ。さて、ほんじゃま、始めますか」

医務室のベッドにロイドを寝かせると、ケビン神父はロイドの額に握った拳をかざす。
呪文のようなものを呟くと、ペンダントがちかりと光る。
一瞬のことだった。

「はい、終わりですわ」
「え、これだけで良いのか?」
「なはは、そんな時間かけてじっくりやるもんやないで」
「・・・で、どうなんだ?」
「さて、それは本人が目を覚まさないことには・・・って起きたみたいやね」

ケビン神父はロイドに視線を投げる。
俺は反射的にロイドを抱きかかえた。

「ロイドッ」
「う・・・・」
「ああ、最初からあまり刺激せんといて」

そう言われて俺は思わず体を離す。
ロイドはうっすら目を開いてぼんやり天井を見ていた。
鼓動が早まる。咽喉を鳴らした。
ロイドの目を見て、焦点が合うまで見つめる。

「ランディ・・・?」

俺を認識している事に安堵すると同時に、記憶が消えていないのかとハラハラする。

「ロイド・・・具合はどうだ?」
「具合・・・すごくだるいけど・・それ以外は特に・・・と言うか、おれ、今まで何を・・・?」

ロイドはどうやら、本気であの出来事を忘れたらしい。
俺は心底ほっとする。

「お連れさんの具合は大丈夫そうやな。ちなみに今行ったのは消去と言うより封印や。きっかけがあれば記憶は戻ってしまう。なるべく気をつけてやってや」

俺はそれを聞いて、うろたえる。
それなら俺がロイドの傍にいることそのものがまずいのではないだろうか。
ケビン神父は女神の加護をと言って医務室を出て行った。
お礼も言っていなかった。後で言いに行かなければ。
ロイドは少しぼんやりした様子で医務室の中を見回している。

「ランディ・・・ここは?」
「アルテリアに向かう船の中だ。直通便だからアルテリアまで止まらねえ」
「なんでおれ、そんなところに・・・」
「ちょっとあってな・・・お前の治療のために行くつもりだったんだが、船の中で会ったのが都合良く坊さんでな。お前の治療をしてもらった」
「このすごいだるさはそのちょっとの中に入ってるの?」
「まあ、な」
「何があったんだ?」
「それは、言えない・・・」

言えるはずが無い。
俺が一人で焦っていると、ロイドは困ったような顔になった。

「言えないって・・・」
「今のお前は記憶を封印されているような形だ。なるべくきっかけは思い出さないほうが良い・・・俺、ちょっと甲板に出てるから調子が良くなったら席に戻ってろ」

そう言い捨てて出て行こうとすると、ロイドが俺の服の裾を引っ張った。

「・・・・・傍にいて」

ギクリとする。
その声はいつかの甘さをはらんでいた。
まさか・・・。

「ロイド、お前覚えてるのか?」
「?何を」
「・・・なら、良い」
「あ、ランディ・・・」

俺はロイドの制止を振り切って甲板に足を向けた。


これからどうすれば良い。
甲板で溜め息を吐きながら、風に吹かれる。
赤い横髪が風に乗せられてたなびいた。
俺がロイドの記憶の鍵になってしまうかもしれないのなら、もう傍にはいられない。
それは、耐えられるのだろうか。
たとえもうこの腕に抱けなくても構わない。傍にはいたい。
ケビン神父といったか、どうせ縁もゆかりもないのだから洗いざらい話してしまおうか。
甲板の柵に背を預けてもたれると、声をかけられた。

「なんや暗い顔してますなあ」

件の神父だった。

「あんた・・・さっきはありがとな、どうした?」
「いや、なに、ちょいと気になることがありましてね・・・。話しませんか」
「俺もちょうどあんたに用があったんだ」
「はは、都合が良かったみたいで・・・」

ケビン神父は体の正面を柵にもたせて頬杖をついた。

「ぶっちゃけ聞くけど、兄さんやろ、監禁したっちゅうんは」
「・・・・・・神父には心の盗聴機能でもあるのか」
「まあ、良くあるとまでは言わん。でもそういう都合で記憶の封印を頼むやつがおらんわけじゃない」
「そういう都合?」
「監禁や強姦された記憶っちうのは根が深い。精神的に参ってしまっていっそ消してくれと願い出る奴が多い」
「そう、か」
「ロイドさんて言いはったか、彼、どうしてん?」
「・・・、今救護室で寝てる」
「兄さんはどうするつもりで?」
「俺は、傍にいたい、が。このままどこかに行ってあいつの前には現れない方が良いだろうと思う」
「・・・・ほーか。あんなあ、ロイドさんには特殊な暗示を仕込んだんや」

ケビン神父は唐突にそう言う。

「汝が愛する者が傍らにある時、記憶は戻らんとな」

俺は目を見開く。
どこまで話したか分からなくなった。
ケビン神父は見透かすような目で笑う。

「なんで、って顔してますなあ」
「当たり前だ。まだ何も話してねえのに」
「これでも色々相談受けたりあれこれとやってますからなあ、二人が恋仲なのはお見通しですわ」

どんなあれこれだか知らないが、こいつはただの神父ではなさそうだ。
ケビン神父は暗示についての続きを話し出す。

「まあ一種の賭けやし、兄さんが記憶のキーになって記憶が呼び戻されるかもしれん。ただ、ロイドさんの心に兄さんを想っていた記憶があるのならこの暗示は必ず効果を現す」
「ロイドは記憶を封印されてるのに、その、想いってのが残ってるもんなのか」
「深層意識っちうのは封印の行き届かん範囲や。本気で想っていたのならこの暗示は効くっちうことやな」
「そうか・・・」

しばらく沈黙が続いた。
俺は牢の中でのロイドの様子を思い出す。

───こんなのランディじゃない。

そうだ、あいつが恋したのは俺であって俺じゃない。

「あいつは、・・・俺であって俺じゃないものに恋したんだ」
「ほう、・・・それはどういう意味で?」
「最初は手酷く扱った。あいつにとってはそれが俺になっちまったんだ。優しくすれば俺じゃないと言われた」
「でも、兄さんに恋してたんは間違いないんやろ?」
「まあ、な。でもどうすれば良いのか・・・もう手詰まりだ」
「あまり深刻に考えんことやね。好きな人のことなら受け入れたいのが真理や。ロイドさんはあまりに過酷な状況下で兄さんに惹かれたから気持ちが兄さんの一面に引っ張られたんやろうね。本来なら兄さんの優しさは嬉しいはずや」
「そう、か?」
「恋人に優しくされて嬉しくない奴なんかおらん。ロイドさんは優しく愛されることに慣れておらんのか?」
「いや、そんなことは無いと思う」
「ならなおさら、愛されるって事がどういう事か分かってるはずや。人の愛し方も。記憶が封印された今、その機能は正常に働いとるはずやで」
「だと良いんだけどな・・・」

駄目だ。どうしても思考がマイナスの方へ向かう。
俺は祈るような想いだった。
そうしていると、ロイドがふらつきながら甲板に出てくる。
俺はぎょっとして走り寄る。
あんなにふらついているのに甲板に出てくるなんて。
記憶が戻るかもしれない、そんな不安がよぎりながら体を支える。

「馬鹿、なんで起きてきた?」
「はは、なんでかな・・・、でもランディが傍にいなくなってから一眠りしたら酷い夢を見て・・・」
「酷い夢・・・?」
「暗い地下みたいなところで、誰もいなくて、そのうち誰かくるんだけど、それはおれが会いたい人じゃなくて・・・。それでその、その人は、・・・おれを無理やり、・・・犯すんだ。おれ、夢の中で何度もランディの名前を呼んでて・・・だから」

だからランディに傍にいて欲しい。

ロイドは気持ち悪いかな、こんなこと言ってと笑うが、俺には冗談に聞こえないから背筋を冷たいものが走った。
知らない誰か、とは誰のことだろう。
俺の胸に身をもたせながらロイドは泣きそうに顔をゆがめている。
ロイドの手は冷え切って震えていた、いつかのようだ。

「分かった・・・傍にいる。だからもう救護室に戻ろう、な?」

背後を振り返るとケビン神父がうなづいた。
頑張れよ、と言われているようだった。

女神がいるならこれほど祈りたいことはない。
どうか彼が未来永劫あの記憶を戻さないようにしてください。
俺をどうか愛していますように。

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