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頭に霞がかかっているようだった。
おれは夢の中で何度もランディを呼ぶ。
知らない誰かに屠られながら、ランディの名を呼ぶ。
何故か分からないけれど彼でなくてはいけない。
その笑顔を見せて。優しい手で撫でて。
どうか傍にいて。

これは、恋だろうと思う。




アルテリアに着いてすぐホテルを取った。
ランディは何故か二部屋取ろうとしていたが、おれはランディに傍にいて欲しいのもあって一部屋で良いと言った。
始めは渋っていたが、おれの体調管理のこともあると言うとランディは降参した。
ホテルの階段を上るのも息が上がる。
ランディの肩を借りながら、おれは一歩ずつ歩を進める。

「本当、こんなになるまで、おれ、どこにいたんだ?」

それは独り言として片付けられた。ランディの反応は無い。
ホテルの部屋のベッドに体を横たえる。
眩暈のようなもので頭がくらくらする。
これでは仕事にもしばらく復帰出来ないかもしれない。
しかしランディが一言もおれのいた場所やおれに起こったことに対して口を開かないのが疑問だった。
アルテリアに着く前にも何度と無く尋ねたのだが、頑として口を割らない。
これだけ衰弱しているということは恐らくどこかに拉致されていたと考えるのが妥当だろう。
だがおれを誘拐して得をすることがあるとも思えない。
いくら社会的な貢献をしたからと言ってもだ。
犯人が見えない、動機も分からない、何より肝心な情報はランディが教えてくれない。
分からないだらけで気持ち悪い。
分からないと言うことは苦痛だ。
けれどランディがそこまで口を開かないことにも何か重大な理由があるのだろう。

「ロイド、調子はどうだ?」
「うん・・・だるいけど、他は特に」
「辛くなったらすぐ言えよ。俺はちょっとお嬢たちに連絡してくる」
「エニグマ使うなら部屋の中でも良いだろ・・・?」
「いや、その、エニグマ忘れてきちまって」

ランディはあからさまな嘘をつく。
こんなに嘘が下手だったろうか。
けれどまた多分、おれの記憶に関係する話題を出すからということなのだろう。

「おれの記憶に関係してるんだな」
「・・・その、まあ。悪いな」
「教えてくれ、このままじゃ気持ちが悪い。だいいちおれ、記憶を消してくれなんて頼んだか?」
「頼まれちゃいないが・・・」
「ならおれの意思を尊重してくれ」
「・・・無理なんだ、分かってくれよ」

ランディは困り果てたように辛い顔をする。

「おれ、どこかに拉致でもされてたんだろう?」
「さすがに分かるか・・・」
「当たり前だ。そこで何があった?」
「思い出したら、お前はきっとお前のままじゃいられなくなる」
「構わない。真実を知らない方が後悔する」
「知らない方が良いんだよ」
「それはランディのエゴだ」
「否定はしねえよ、でも俺は今度こそ、お前を護りたい」
「護る・・・?」
「とにかく、お嬢たちに連絡してくるから、お前は大人しくしとけ」

ぎゅっと肩をベッドに押し付けられた。
その時、前にもこんなことがあったような気がした。
おれは自然とランディの顔を手で包む。
ランディが身をすくませる。目が怯えている。
だが体が硬直しているのか動く気配は無い。
こんなことを前にもした気がする。
そして、そして・・・?

「ランディ、やっぱり傍にいてくれないか」
「駄目だ・・・」
「思い出せそうな気がするんだ」
「駄目だ」
「大事な事だった気がするんだ・・・」
「思い出すな、頼むから」

ランディの声は泣きそうだった。
そう、前にもランディは泣いていた気がする。
おれが泣かせたんだ。それは分かる。

「おれの記憶に、ランディが強く関わってるんじゃないか?」
「・・・・・っ」

ランディはとうとう否定できなかったような声を出す。

「こんな事言ったら気持ち悪いかもしれないけど・・・おれ、ランディのことが好きなんだ、それも結構前からだと思う」
「え・・・?」
「ずっと、アルテリアに来るまで考えてた。悪夢の中でランディを呼んでたのは何でなのかって。それを考えると胸がもやもやするんだ。でもランディの顔を見るともやもやが晴れて、安心する」
「あ・・・、」
「はは、ランディは、嫌だよな・・・男に想われて・・・でもおれ」
「そんなことあるか!」

ランディがらしくもなく大声を上げたので一瞬驚く。
耐え切れなくなったようにランディはおれの体を抱く。
ランディの香りが鼻をくすぐる。
なんだろう、懐かしいような気がする。

「俺は、ずっと前からお前のことだけ見てた、お前が俺を見る前から」
「そうなの・・・?」
「ああ。ずっと、見てた」
「嬉しいな・・・」

おれは抱きしめてきたランディの背中に腕を回す。

「あの、さ、正直自信があるわけじゃないけど、きっと封印された記憶の中にランディに対しての想いが含まれてる気がする。だから、思い出したい。何があったのか・・・教えてくれないか?」

ランディは首を振った。
そしてぼそりと呟く。

「汝が愛する者が傍らにある時、記憶は戻らない・・・」
「なに、それ?」
「お前の記憶を封印してくれた神父が言ってたことだ・・・」

ランディはホッとしたような、心底泣きそうな顔でおれを見つめてくる。
どうしてそんな切なそうな顔でおれを見るんだろう。
泣かないでくれ。

「おれ達、恋人・・・になるのかな」
「・・・そうだな・・・」
「じゃあ、おれの記憶は戻らないんだな」
「理屈で言えば」
「なら、掻い摘んでで良いから話してくれないか?」
「さっきお前に言われたとおりこれは俺のエゴだが、話せない」
「どうして・・・」

疑問をふさぐためか、まるでそうするのが当たり前だと言わんばかりにランディはおれに口付けてくる。
おれも当たり前みたいに受け入れる。
甘い、芯からとろけるようなキス。
おれはこれを知っている。
ただ、こういう口付けを受け入れなかったような気がする。
今はただ、これが嬉しいのに。
どうしてだろう。

「おれ達はこういう関係だったのか?」
「言えない」
「おれがおれの記憶を知ることでランディは追い詰められるんだな」
「・・・・・・・否定出来ないのが痛いところだな」
「いっそ二人とも忘れてれば、良かったのにな・・・」

ランディは複雑そうな顔をする。

「本当はお前をこの手に抱く資格なんか俺にはないんだ」
「そんなこと・・・」
「ないんだ」

そう言いながらもランディは苦しいくらい抱きしめてくる。
その感触にも覚えがあった。
おぼろげな記憶の断片がはまっていく。
肝心のピースは揃っているような気がした。

「良いだろ、おれが良いんだから」
「ロイド・・・」
「ランディに辛い思いはさせたくないから、もう聞かないよ、たださ。代わりに約束して」
「なんだ?」
「おれの記憶を戻したくないのなら、傍から離れないで。必ず傍にいて、どんな時も」

ランディは神妙な顔つきでうなづく。
おれはその約束が確かなものであると確認して安心する。

「あとね、一つ確認したいことがあるんだ」
「確認・・・?」
「おれが大丈夫なのか」
「大丈夫って・・・」
「おれの事、抱いてくれる?」
「抱いてるだろ」
「そういう意味じゃないよ、分かってるくせに」
「・・・今すぐに、か?」
「うん、それともやっぱり嫌?」
「いや・・・」

ランディはためらいがちにおれの頬に唇を寄せる。
額や頬や首筋、唇に何度も繰り返される口付けには慈愛がこもっていた。
柔らかくおれの頭を撫でる。
その優しい手でもっと触れて欲しい。
頭のてっぺんからつま先まで、全部ランディで埋め尽くして欲しい。
ランディはおれの服の裾を捲り上げて突起を舐る。

「あっ・・・」

そこでおれは気づいた。幾重にも刻まれた噛み跡が肌に残っていることに。
おれはおれに起こったことを自覚する。
どうして、ランディが話したがらないわけだ。
おれは何者かにこの身を犯されたんだ。
それであの悪夢か。
でもならなおさら抱いて欲しい。
悪夢を消して欲しい。この手で。
ランディの手はあくまで優しくおれの肌を滑る。
傷跡を消すように傷の上から舌でなぞる。
優しい愛撫がずっと続く中で、おれも甘く鳴きながら体を委ねた。
何度も好きだと互いにうわ言のように繰り返して交わりあう。
求めていた感覚にめぐり合ったような気がした。




目を覚ました時は夜半だった。
ランディに抱かれてそのまま眠ってしまったらしい。
夢は見なかった。
ランディに抱かれたことで消え去ったのか、それともランディが傍にいるからなのか。
そういえばエリィ達に全然連絡していない。
おれは悪いと思ったがランディのエニグマを拝借した。
シーツで身をくるみ、ベッドから離れる。
もう遅いが起きているだろうか。エリィの番号を押して4コールするとエリィが出た。

「もしもし?」
「あ、エリィおれだけど」
「ロイド・・・!?大丈夫なの?」
「あ、うん・・・色々あったみたいだけど、まあなんとか」
「そう・・・今はまだアルテリアにいるのね」
「うん、明日一番早い便で帰るよ」
「分かったわ、それと・・・ランディはどうしてるの?」
「今は寝てる。起こそうか?」
「ううん、良いわ。帰ってきてから聞かせてもらうから」
「・・・・エリィは今回のおれの事件、何か知ってるのか?」
「ランディに口止めされているから私の口からその件については何も言えないわ」
「そうか・・・」
「でもね、ロイドがどう思っていても支援課は、私達の絆はそんな簡単に崩れやしないわ」
「うん、そこは信じてるさ」
「なら良いわ、それじゃ気をつけて帰ってきてね」
「ああ」

エニグマを切る。
エリィの言葉は胸に深く入り込んだ。
恐らく口ぶりから察するにエリィはおれが強姦されたことも知っているのだろう。
アルテリアまでわざわざその記憶を消すために来るなんて、おれはよほど酷い状態だったに違いない。
一息つこうと部屋に備え付けのインスタントコーヒーを取り出す。
ケトルの湯が沸くまで待って、コーヒーを淹れるとふと後ろで気配がする。
振り向くと寝起きでいかにも不機嫌ですという顔をしたランディがいた。

「ロイドお前いつ起きたんだ?」
「さっき・・・てゆーかシーツくらい巻きなよ?」
「・・・ん~、裸だと落ち着くんだよ」

ランディは椅子に腰掛けて、頭をぼりぼり掻きながら明らかに寝たりなそうな顔をしている。

「コーヒー淹れるね」
「ふわぁ、・・・ああ、頼むわ」

頼むと言いながら、ランディはおれのシーツをぐいっと引っ張った。

「なに?」

ランディは来い来いと手招きした。
おれがそれにつられて近づくとおれをひざの上に乗せてしまう。

「体、何ともないか?」
「あ、うん、全然」
「そっか・・・頭の方は?」
「記憶は戻ってない、けど、おれ・・・強姦されたんだな?」
「・・・だから抱くのどうしようかって思ったんだ・・・まあでも服脱げばバレちまうしな」
「良いんだ、どうせ覚えてないから」
「良くはねえだろ。・・・ショックだったろ?」
「ランディが初めてじゃないって言うのが、ちょっと、ね」

ランディは思案顔でおれを抱きしめる。
そしてそうだな、と言う。
ランディが隠していることが何なのか、分からないけれどおれにとって必要な破片は十分に揃った。
ランディが好きだということ。
ランディがおれを救ってくれたということ。
今はその記憶だけで十分だ。



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