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たなびく雲の流れを見ながら屋上で棒アイスを貪る。
いわゆるデスクワークが苦手な俺にとっては屋上は格好の逃げ場所だった。
多分あと半刻もすればロイドかお嬢が俺の不在に気づいて屋上に駆け上がってくるだろう。
クロスベルは今日も見た目だけは平和だ。
導力車が街を行き交い、人々が色んな店に入ったり出たりしている。
あんな長い一日があったとは思えない。

「平和だな・・・・」

こう平穏だと拍子抜けすると言うか、まだ何かやってくるのではないかと言う予期不安がぬぐえないが、そんなもの心配するだけ損と言うものだ。
その時になったら考えようと思った。
ふと足元に擦り寄ってくる感覚がある。
黒い体毛を陽光に光らせて、それはもぞもぞと俺の足にしきりに擦り寄っていた。

「おお、珍しいなお前が俺のとこに来るなんて」

しゃがんでコッペの頭を撫で、咽喉を擦ってやる。
ぐるぐると気持ち良さそうに鳴いていた。
動物は好きだ。
猫にしても犬にしてもこのふわふわした感触はたまらない。
ツァイトももふもふしてみたいが、皆の手前やりづらいのが正直なところだ。
コッペは俺の持っていたミルクの棒アイスが目当てだったらしく、それに向かって目をきらきらさせている。
まん丸の目がより見開かれて可愛い。
そんなおねだり光線を出されたらあげないわけにいかない気がしてくる。

「ちょっとだけだぞ」

棒アイスを突き出すとコッペはそれを嬉しそうに舐め始める。
口の周りがミルクでべとべとになっていた。
可愛いな。
ふと階段を上がってくる気配がする。
お嬢かロイドだ。そろそろ戻った方が良いだろうか。
お迎えが来ないので油断していたが、もう軽く2時間はここにいる。

「コッペ、癒しをありがとな、このアイスやるわ」

コッペの前にアイスを置くと俺は屋上から脱出しようとした。
が、ドアを開けようとしたところにドアが勢い良く開いて運悪く俺の顔にクリーンヒットする。
俺はドアに払いのけられて思わず尻餅をついた。

「いってぇ!!」
「え?」

気の抜けた声を出して、お嬢が顔を覗かせる。
俺は鼻がもげてないかを確かめた。
そして鼻をこすると、ぬるっと滑る。指を見ると赤く濡れていた。

「ご、ごめんなさい、まさかドアの前に人がいるとは思ってなくて・・・」

お嬢は慌てて頭を下げた。
俺は鼻を押さえながら、じいっと睨む。

「・・・・それにしても随分な開け方だったな」

恨みでもこもってるんじゃないかと思うくらい勢いが良かった。
お嬢は再びごめんなさいと言ってからポケットをまさぐっていた。

「ティッシュ、はい」

お嬢はポケットから品の良いティッシュカバーに入ったティッシュを取り出す。
やっぱりこういうところは女の子だ。野郎には出来まい。こういうのが女の子は良い。

「で?」
「なあに?」
「俺の事探しに来たんじゃねえのか?」
「今さっきロイドが歓楽街に行ってくるって出て行ったわ、多分、あなたを探しに」
「おいおい、俺の行動パターンを何だと思ってやがる」
「ふふ・・・」

お嬢は綺麗に笑う。
初対面でも思ったが、お堅くなければ俺の好みだ。
スタイルは良いし、気もつく。芯も強いし、良い奥さんになるだろう。

「あれ、じゃあお嬢は何だってここに?」
「あなたと同じ理由。って言ったらおかしい?」

珍しい事もあるもんだ。俺は内心呆気に取られる。
お嬢は長いプラチナブロンドを風に任せて、柵の方へ向かう。
まだコッペがアイスに夢中だった。
それを見て、お嬢がコッペを撫でる。
コッペは撫でられて邪魔なのか、少し頭をいやいやとさせている。

「お嬢、今暇つぶしにアイスでも持ってきてやるよ」
「良いの、ランディがいるかなって・・・それで来たから」

お嬢の顔に笑顔が自然とこぼれる。
普段は落ち着きがあって、支援課の中では皆のクッションのような役割になっているが、こうして見ると割に幼くて愛らしかった。
少しその姿にドキリとした。
俺は内心を隠すようにお嬢の頭をぽんぽん撫でた。

「俺がいるからって・・・まあ女の子に言われるのは嬉しいけどよ」
「あら、ロイドには言われないの?」

ちょっと待った。何でそこでその名前?

「何でそう思う?」

俺はなるべく余裕の笑みで聞いてみた。

「二人ってもう付き合ってるんでしょう?」
「んなわけねーだろ、俺はいつだって女の子のもんだ」
「あらそうなの、」

お嬢は柵に身をもたせて、コッペを眺めたまま続けて言う。

「私ね、ランディのことが好きよ」

それはどうも。俺だってお嬢のことは好きだぜ。
でもお嬢の言い含めた意味は俺の感情とは異なるのだろう。

「好きって、それはどういう意味で?」

お嬢は空を見上げる。
俺もつられて見上げるとそこにはさっきと違い真っ青な空があった。
クロスベルに似つかわしい、雲一つ無い青空。
それとは裏腹にお嬢は胸に曇りがあるような顔をする。

「恋愛感情すれすれね」
「そっか」

少し間抜けた声になった。
お嬢があまりに冷静な告白をしてくるから、俺も落ち着いていられる。
これで取り乱されたりしていたら、俺は明日から支援課を抜け出すかもしれない。
お嬢は自分の胸をぎゅっと押さえて、俯いた。

「でも、私じゃ無理だなって思うの」
「わからねえだろ」
「期待させるような事言うのね」

強く吹いた風に髪を押さえて、お嬢はこちらを見た。
少し悲しそうな目。
憂いを含みながら、そこには微かな情念が宿る。男を落とす目をしている。
ああ、こいつは好い女になる。と直感的に思った。

「わからねえな、何でロイドじゃなくてこんな駄目人間の俺なんだよ」
「私だって教えて欲しいわ。ロイドの方がよほど良い男だと思うんだけどね」
「さてはお嬢、男運無いだろ」
「さあ?初恋だから」

ふふ、と笑う。
それにちょっと面食らった。
俺に初恋ねえ。ちょいと重たすぎる初恋なんじゃねえの。
お嬢は性格的に見た目で選ぶタイプでもなし、俺の内面の何が良かったんだか。
この先こんなタイプばっか選んでたら崩壊するぜ、色々と。
悪い虫が付かないように、誰か優秀なボディガードでもいればな。良いんだろうけど。

「ランディ、」
「ん、なんだ?」

近づいてきたお嬢は俺に合わせてしゃがみこんで、俺の服の袖を握る。

「さっきランディが私を好きになるかわからないって言ったわよね」
「まあ、・・・言ったけど」
「そうよね、じゃあ、」

お嬢はそう言って軽くキスしていく。
感触はしっとりしていて柔らかい。
近づかれてほんのりとジャスミンの香りが漂った。ボディクリームだろうか。
俺が呆然としていると、お嬢は何でもなかったように立ち上がってよーしと気合を入れていた。

「これは宣戦布告になったかしら」

またお嬢はふふ、と笑った。
俺は自分の唇を押さえて、視線をお嬢からはずす。
いやいや、まさかこんなに大胆だったなんて。
嫌いじゃないぜ、そういうの。
口に出してはいえないが、何か俺も少し火がついた。
まあ恋人云々は置いておくにしても、お嬢といる時間が少し楽しくなったのは事実だ。

これからのお手並み拝見、といこうか。

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