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あの時から振り返ってどうだろう。
今、ここにある幸福は本物だ。
それをランディはお前自身が歩んだ成果だと言ってくれた。




『おれ、外国で暮らすよ』

そう言ったのは、何故だったんだろう。
兄の存在を否定しようと思ったわけでもない、セシル姉の家が居心地悪かったわけでもない。
ただ、ここに、クロスベルにいると、兄の存在に囚われて抜け出せない気がした。
兄の言葉、兄の命の残り火、全てがおれを過去に繋ぎとめる。
セシル姉は散々おれを引き止めた。
まだ15のおれを心配したのは当然だろうが、この人の悲しみも深い。
兄の亡くなった悲しみの舐めあいをおれがしてしまう気がした。
セシル姉が時折、どうしようもなくおれに兄を重ねてみる目を知らないわけじゃなかったし、憧れている女性にそれをされるのは辛かった。
だから、何もかもをリセットしようとした。
外国に初めて足を踏み入れた時、少しホッとしていた。
見知らぬ景色、見知らぬ人々、何より兄の存在の希薄な事。

けれど出会った中に、兄を知る人がいた。
その人は彼が恐ろしく前向きで、どんな壁でも軽々と乗り越える心のエンジンがあったと言う。
最初は兄を知る事が恐くて躊躇ったが、その人と交流を持つうち、兄が目指していた道を知るところになった。
兄は、あまねく人々の幸福を願っていたと。
そのためなら、自分が出来る事は何でもやり通すのだと。
自分自身のことで手一杯だったおれにとっては頭を殴られるような衝撃だった。





今日もクロスベルは快晴。部屋に降り注ぐ光線がまぶしい。
エリィは洗濯日和だと屋上で洗濯物を干しているし、ティオは朝の紅茶の支度をしているはずだ。
ランディはと言うと、自室の椅子で読書をしているおれの背中から首に腕を回して離れない。
その体勢疲れないかと聞いても構わないから、と言う。
さっきから半刻はこの体勢のままだ。
どうしたのか、今日はいつもより甘えてくる。
甘えてるなんて言ったらすぐにこの腕はおれから離れていくのでそれは言わないけれど。
おれは本を閉じた。
主人公が丁度難事件の一端を解決したところだ。キリも良い。
ランディの腕を取って手に鼻を寄せる。
まだ付けたての香水の香りがした。
その香りに安心しながら、目を瞑る。
ランディと恋人になって、この香りを嗅ぐのが当たり前みたいになるくらいには近しい存在になっていた。
ふとランディはおれのエニグマを手に取り、ストラップを揺らした。

「なあ・・・何でお前捜査官になろうとしたのか、って、聞いて良いか?」

兄の遺品を眺めながらランディはそう言う。

「それって、兄貴絡みの話が聞きたいの?」

ランディは後ろで苦笑する。

「相変わらずカンが良いな」

おれは良いよ、隠す事でもないし、と言った。
やたらに今日甘えてきたのは、兄の事が絡んでいるのだろうか。
おれはランディの腕をやんわり解いて、椅子から立ち上がる。ベッドに座り直そうと促すとランディは後ろから付いて来る。ランディはベッドに座ると靴を脱いで立てひざをついた。

「ガイさんが亡くなった後、お前どうして外国に?」
「んー・・・そうだな、兄貴の残像に囚われそうだったから、かな」
「そっか、悲しい事に囚われちまうしな」
「まあ、そうだな。それもあった」

悲しい事に囚われる。まさにその通りかもしれない。
現実と向かい合うには幼すぎて、おれは道を少し曲がった。立ち止まった。
何をしたいのか分からず、とにかく兄の死を受け入れようと必死だった。
異国は孤独を満たすには十分過ぎた。
精神的に誰もいない孤独の中で、ただ床を見る日も多かった。

「どうやって、立ち直ったんだ」
「そうだな・・・、時間と、あと出会った人、かな。
兄貴を知ってる人がいて、その人に色々兄貴の話を聞いてるうちに兄貴がおれの目標みたいになった」

ランディはふっと笑ってうなづく。そうか、と短く言う。

「じゃあ、ガイさんの背中を追っかけるようになったのはその頃か」
「まあ捜査官になろうと思ったのはまた違うきっかけもあったし、大分悩んだけどね」
「違うきっかけ?」
「兄貴のことを知ってた人がさ、・・・・その人が言ってたんだ。
兄貴にとって『人の幸福が俺の幸せだ』って。頭を殴られた気がした」

長い孤独の中で得たその一言は兄の遺言だったと思えた。
そうして警察学校に入ろうと決意した時、ようやく一歩道が見えた気がした。
兄に近づくという意味で。兄の遺志を継ぐという意味で。

けれど今はそうではない。
この支援課で掛け替えのない仲間と、恋人を得て、見えたものがあった。
どこまでもおれはおれでしかない。
憧れはその人のコピーになることではない。
あくまで人生の手本であって、そこには自分の味が加味されていく。
そして自分の道は自分自身が足掻いて切り開いてこそ見えてくる。
正解なんてある意味存在しないのだ。時代背景にマッチするベストな選択という枠組みと言う奴が意外と自分の思考を支配しているものだから、それを超えて考えなければ、道は見えてこない。

ランディは思案顔になってから、少し顔を崩した。

「そりゃまた、すげえこと言うなあ。敵う気がしねえよー」

ランディは笑いながら体をベッドに投げ出す。

「はは、何、ランディは兄貴にコンプレックスでもあるのか?」
「無いとは言えねーよな。同じ警官としてもそうだけど、ガイさんと似てるとか言われちゃってるし?」

ランディはウィンクを見せて軽い口調で言う。
けれどそこには確かにちょっとした劣等感のようなものが感じられた。

「ランディはランディのままで良いと思うんだ」
「は?」
「あ、何か見当違いのこと言った?」
「いや、唐突だったから・・・・でも、そうだな」

ランディは目を伏せて少し笑んだ。

「俺に守れるのかって思うんだ。お前を。ガイさんみたいに。
・・・・でも、お前がそう言うのなら俺は俺なりにお前を守りたい」

おれはうなづく。
守り合うんだ。背中を預けて。色々なものから。
ランディはおれの腕を引き寄せておれを胸に抱く。
たぶん、ランディには葛藤がある。
凄い男だったおれの兄と自分とを比較している節がある。
おれと付き合うようになってからそれは顕著だった。おれもそれに気づいていたから、いつかはさっきのような言葉を言わなければとは思っていた。

「・・・ランディ」

おれはランディの上に覆いかぶさる。
軽く口にキスして、自分で照れてしまった。
頬が熱くなっているのは自分でも分かったが、ランディから目線ははずさない。

「おれ達が幸せなのも・・・ランディが幸せなのも、兄貴の望みなんだ」

ランディが兄の影に気負う必要なんかない。
おれはそう言いたかった。
それを察してか、ランディはまたうなづいた。

「兄貴は兄貴、ランディはランディだよ」
「そうだな・・・」

その時、階下からおれ達を呼ぶ声が聞こえた。
屋上からもぱたぱたと降りてくる音が聞こえる。エリィが洗濯物を干し終えたのだろう。

「そろそろ行かなきゃな」
「だな・・・」

そう言いつつお互い動かない。
おれはランディに覆いかぶさったまま、ランディはおれを見上げながら、目線を交じわす。
この時間の終わりが惜しい。
ランディの腕が背中に回ってきたので、おれはそのまま素直に抱かれた。
互いを互いのままで良いと思ったこの気持ちのまま、今日を今を過ごしたい。
部屋の戸をノックする音がした。

「ロイドさん、ランディさん、お茶が入りましたが」

ティオの声が聞こえる。
おれ達は顔を見合わせて、うなづく。
ティオが反応の無い部屋に入ってきてすぐ足を止めた。

「あ・・・」

おれ達は寝たふりをした。
ティオはきっとそれに気づいているはずだ。
男二人が抱き合ってるなんて見苦しいと怒られるかと思っていたのだが、耳はティオが出て行く音とランディの心音だけを拾っている。
この心地よいまどろみに似た空気を感じたのだろうか。
廊下でティオと同じようにおれ達を呼びに来たらしいエリィとの会話が聞こえた。

「ランディとロイドは?」
「一緒にうたた寝しています・・・・・・とても気持ち良さそうなので、起こすのが忍びないので起こしませんでした」
「まったく、仕様がないわね。仲が良いんだから」

エリィの呆れたような、母親のような口調におれ達は忍び笑いをした。

「まあ二人は放って置いて、私達は先に朝食に行きましょうか」
「そうですね。今日はとろとろ卵のサンドです」

エリィは嬉しいのかくすくすと笑っていた。もしかしたらティオの頭でも撫でているかもしれない。
おれ達の仲が良いと言うのなら、エリィとティオもなかなかのものだと思うのだが。
階下に下りて行く音を聞きながら、おれ達は顔を上げた。

「行っちまったな」
「ああ・・・」
「とろとろ卵のサンド、食いっぱぐれたな」

途端、ランディの腹の虫が鳴る。おれは笑った。
今から階下に行こうかと尋ねると、ランディは首を振る。おれを強く抱きしめて耳元で呟いた。

「ガイさんが守ろうとしてたもんの一部はロイド、お前なんだよな」
「・・・うん、」
「俺が守る」

何を思ったのか、今日はガイさんの墓参りに行かせてくれ、そう言ってランディは笑った。
墓前で彼は何か誓うのだろうか。
人の幸福を願った兄の想いを受けて、何を願うのだろう。

「一番大切なものを取りこぼしたくねえからな」

おれの頬を撫でて、慈しむような目を向けてくる。

「───・・・俺は、身近な一人を守りたいんだ」

それがランディの望み。
おれはくすくす笑ってしまった。

「───おれもだよ」

兄に報告に行かなければ。
あなたがもし亡くならなければ、この人がもし命を救う事を考えなければ、歯車が少しでも違えば、ランディに出会うことなどなかったと。
悲しみの後に必然を知る。
兄の死を兄の残像を乗り越えた今が、全て幸福に繋がる道だった。
目を瞑ると記憶の中で兄が笑った気がした。


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