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春は出会いの季節だし、最初は軽い気持ちだったんだ。
毎日見かけるし、ちょっと良いなって。
でも喋ったら、もっと良かった。


電車が騒音を立てて通り過ぎて行く。
3番ホームの一番先頭に今日も向かう。
目当ての人物の着ている濃紺に赤と緑のチェックのスカートが風で翻っていた。
薄めの参考書を読みながら、時々バッグを肩にかけなおしている。
俺はその子の後ろに並んで、頭1つ以上違う位置の参考書を覗いた。
古典の動詞の活用?俺にはさっぱりだ。
ああ、でもこれは知ってる。

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな。

「和泉式部だっけ?」

俺は後ろから思わず声を出した。
しまった、と思う間もなく、その子が俺の方を向く。
名前も何も知らないのに、いきなり参考書覗いたりして、俺思いっきり不審者。
ナンパしようとは思ってたけど、こんな形になるなんて。
その子を正面からまじまじと見たのは初めてだった。
ふわふわのひよこみたいなショートヘアが風に揺れる。栗色の大きな瞳に俺がしっかりと映っている。
彼女は表情に疑問符を浮かべて、それからふっくらした唇が動いた。
何て言われるのかな。やべー、心の準備が。

「そうですよ」

彼女はにこっと笑う。
あ、やっぱ可愛いな。

「その制服、近くの高校ですね」

俺の着崩したと言うか着倒してよれよれブレザーを指して言う。

「あ、ああ」
「古典、好きなんですか?」

いや。どっちかって言えば好きな教科は寄り道と屋上。
でもここはまあ、好きなことにしておこう。
てか意外と積極的?嫌いじゃないけど、予想外。

「まあ、好きかも」
「ふふ、私もです。よくここに並んでますよね」

あれ、知ってたんだ。
ストーカーっぽいとか思われてねえかな。
それにしても俺の事覚えてるなんて。
俺が不思議そうな顔をしていると

「その髪、目立つから。背も高いし・・・」

ああ、そうか。と合点がいく。

「生まれつきでね」
「留学生ですか?」
「いんや、親は外国人だけど」
「あ、同じです」
「へえ、」

俺は嬉しくなって自然顔が綻ぶ。
が、見ず知らずみたいな俺と普通に会話してるなんて(しかも駅のホームで出会ったやつと)、丸きりこの子は警戒心が無い。ちょっと心配だぜ?
でも俺にとっては願ったりかな。
このまま色々聞きたい。

「年、いくつ?」
「17・・・高3です」
「ああ、俺も。タメ口で良いぜ」
「そう?じゃあ、・・・・ええと」
「ランドルフ、ランドルフ・オルランド。皆にはランディって呼ばれてる」
「ランディね」

また、笑った。
すげえ、この1ヶ月この子の後ろに並んでただけだぜ?
それが急転、名前まで覚えられるなんて。
俺は夢なんじゃないかと思った。

「私はロイド・バニングス、よろしくね」

名前を聞いて、またちょっと舞い上がる。
でも女の子にしちゃ珍しい。

「ロイド・・・珍しいな」
「ふふ、親が男の子が欲しかったらしくて、女の子らしくないよね」

ロイドは困ったように笑って言った。
俺は慌てて手を振ってそれを否定する。
そんだけ可愛いんだ、良いじゃねえか。
適当にそのまま会話を続けていると、電車が到着する。ロイドはまだ話しを続けるつもりらしい。降りる駅は一緒だ。このまま話せるなんて嬉しい。
ラッシュの電車に揉まれて、中に押し込まれる。
俺はロイドをかばうように肩に手を回して入り口と反対の扉に向かった。
人ですしづめ状態の電車で自然と密着する。
ロイドは俺の胸の辺りに顔があって、長い睫毛やリップを塗って潤った唇が視界に入る。ちょっとドキリとした。おまけに部屋の香りなのか何か良い香りがする。控えめだが柔らかそうな膨らみがベストの下で息づいていた。
俺は思わぬ至近距離に少し咽喉を鳴らした。
ロイドは上目遣いに俺を見る。

「ありがとう」

笑顔でそう言われる。
お礼を言われるような事はしていない。むしろヨコシマだぜ?

「何が?」
「私、背が小さいから、いつも息苦しいの。でもランディが間空けてくれてるから」

俺はドアに手を突いて、ドアを背にしたロイドをかばうように立っている。
あまり密着するのも難だしそれなりに隙間は空けているが、それでも俺がかがめばキスくらい出来てしまう距離だ。
会って1ヶ月、話して数分。軽い女の子には見えないし、それで礼を言うような子は見た事がない。

「俺が言うのも難だけど、お前さん警戒心、持った方が良いぜ?」
「え?」
「俺にナンパされたとか、思わねーの?」
「え?え?ナンパだったの?てっきり古典が好きなのかなって」
「あー・・・」

俺は軽く眩暈を覚える。目頭を押さえて俯いた。
こりゃ重度の天然だ。
一体どんな親に育てられたらこんな風になるんだか。
俺の家なんか親父もお袋も暴力的だからケツバットどころの騒ぎじゃないしつけられ方で育って、ずいぶんひねくれたと思う。

「1ヶ月くらいずっと見てて、ナンパしようかなって思ってた」
「・・・・え、その、された事無いから・・・分からなくて、ごめんなさい」

そのごめんなさいは何に対してなんだ。俺のナンパはお断りなのか、ナンパって気づかなかった事に対してなのか。恐らく後者だろうけど。
それ以前にナンパされたことが無いって言うのが無いだろうと思う。

「街中で見ず知らずの男に声かけられて遊んだ事は?」
「あ、それなら何度か。でもみんなカラオケが好きだったり、女の子にお洋服買うのが好きなだけって言ってて・・・」

この子あぶねえええ。個室に連れ込まれてるし!

「それ、世の中ではナンパって言うんだぜ?」
「あ、そ、そうなの?」

俺は嘆息する。
電車はあと一駅で目的地に着く。
決めた。

「学校終わるの何時?」
「えっと、今日は6時くらいには帰れるかな」
「じゃあ学校まで迎えに行く。どうせ近所だし。校門で待ってるから」

ロイドはまたえ?え?なんで?と繰り返す。

「お前、あぶなっかしいから、これから毎日俺が一緒に帰る」

俺自身が危ないと言う意識も無さそうなロイドにそう告げると、ロイドは笑った。

「良く分からないけど、学校外に友達が出来るなんて嬉しいよ」

ほらみろ。危機感ゼロだ。
俺が溜め息をつくと電車がギキィッと音を立てて止まった。
俺はロイドの手を取った。
人が雪崩れて降りていくので、その流れに乗るようにして降車する。
降りたところで、手を離して後ろを振り向くとロイドが胸を抱えている。

「どうした?」
「あ、ううん、何でも・・・」
「無いって顔じゃねえだろ」

人の流れが階段やエスカレーターに向かっていって、俺達だけぽつんと残される。
俺はロイドを椅子に座らせて、自分も横に並んで座った。
ロイドは言いにくそうに口をもごもごさせてから顔を俯かせてぽそっと言った。

「・・・、・・・胸触られて」

何だと。

「どいつだ?」
「あ、良いの、よく、あるから」

ロイドは微苦笑を浮かべて、俺に手を振る。
良くないだろ。しかも良くあるだと?俺は腹から煮えたぎりそうなものを感じた。

「・・・、明日から毎日俺がちゃんと守る」

ロイドはまた顔に疑問符を浮かべて、え?と言う。
ロイドの疑問も当たり前だよな。俺、何言ってるんだろう。

「な、何で、会ったばっかりなのにそんなに優しくするの」

でもそう問われるとは思ってなかった。
何でだろうな。恋ってやつ?下心だよ。ロイドにもっと近づきたい。
これって、好きって事なんだろうな。それも少し厄介なくらい。
最初はちょっと良いなって思って、ちょっと触れ合えたらなって。
でも、話してみたら駄目だった。
本気になるのに時間なんか関係ない。
俺はロイドに向かって、少し笑った。

「守りたいから」

この天然具合から察するに、好きなんて言っても分かってもらえない気がする。私も好きって言われて終わりそうだし。
だからほんの少しずつから始めてみたい。そんな風に思うのは初めてだ。
接し方も口説き方も普通の戦法じゃ通じそうに無い相手も初めてだ。

「あ、で、でも、そんな、毎日、なんて」
「迷惑か?」
「そうじゃないけど・・・」
「じゃあ何だ?」

ロイドはぶんぶん頭を振って、顔を上げた。
表情は凄く柔らかい。風がふわりと吹いて、俺とロイドの髪を撫で付ける。桜の花びらがどこからかやってきて少し舞った。

「嬉しくて。どうしたら良いのかなって」

頬が少し赤い。色白だから余計に目立つ。
照れてるのかな。

「どうもしなくて良いさ、俺が好きでやるんだ」

俺はロイドの頭に手を置いて、くしゃっと撫でた。気持ち良さそうに目を眇める。頭撫でられるの、好きなのか。
他にも、こいつが喜ぶことって色々あるんだろうな。知りたい。
俺は無意識に手を差し出して、ロイドはその手を取った。

「行こうぜ」
「うん」

快活なその声と手を繋ぐ。
君との始まりの日。

ふと目線をホームの脇にやると、桜並木が満開になっていた。

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