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空を眺めていると星が一つ落ちた。
群れる星の流水は帯のように流れを作って空にまたがる。天の川という星の運河だとランディが教えてくれた。
東方の行事の一つとして存在する七夕。東通りに軒を連ねる店や家には笹が短冊とともに飾られ、街中は提灯の橙色で埋め尽くされて、出店の品がぼんやり浮かび上がる。
エイドスの思想が強く存在する中、一種の祭りや習慣として残っている行事だが、東方系の人間以外はあまりやらない行事だという。
ただ出店が増え祭りの雰囲気が強いと覗いてみたいと言う気持ちは当然あって、おれとランディはキーアを連れて祭りの見物をしている。

「エリィたちも来れば良かったのにな」
「まあ、お嬢たちは雑務が残ってるって言ってたしな。キー坊が行きたいって言うのをすげなくするのも出来ねえし」

キーアは初めて見る出店の品物を指してはこれはなに?あれはなに?と問いかける。
ランディもしまりのない顔になってその質問に逐一答えていた。微笑ましい。
普段は面倒がって色々な雑務から逃げているのに、女の子に対してはマメな人間だ。
ランディが屋台のりんご飴を一つ買ってキーアに渡すと大きな瞳を目一杯開いて喜び、頬張った。
垂れてくる飴を舌先ですくい、甘い美味しいと噛り付いている。

「落とさないようにな」
「うんっ」

おれが割り箸の棒を持たせ直すと、ランディは後ろで笑った。

「なに?」
「お袋みたいだと思っただけだ」

おれは少し止まる。ランディの言うお袋、は、いわゆる一般的な母の意味だろう。
ランディの母について聞いた事は無い。おれも自分の母について覚えていることはおぼろげで、ただ触れる手が優しかったことや笑顔の耐えない人だったことだけが脳裏に焼きついている。

「そういや、ランディの母親って聞いた事無いけど」
「はは、聞くのか?それ」

ああ、ちょっと無神経な質問だったろうか。
過去と決別しきっていない人間に聞くのはいけなかったかもしれない。

「ごめん」
「謝るなよ。…お袋ねえ。とっくに死んでるらしいから俺もよく覚えてないんだけどな。お前は?」
「おれも、まあ小さい頃に死んでるから、おぼろげだよ」

くすくすお互い苦笑すると、ランディは先にずんずん進んでいるキーアの腕を追いかけて手を握った。
手をつないだキーアは嬉しそうにはにかみながら、視線をきょろきょろさせて次の店を探しているらしかった。

「ランディッ、キーアあそこ見たい!」

へいへい、と生返事を返すランディは手を引かれて風ぐるまの屋台に向かう。七夕仕様なのか七色に着飾った風ぐるまがくるくると風に乗せられて涼しげに回転する。それらを眺めながらキーアはまた目を輝かせていた。

「お袋は、旅の踊り子だった」

風ぐるまの選別に夢中のキーアを少し笑んだ顔で見ながら、ランディは呟く。提灯の明かりに照らされて、その横顔は一際美しい造形を作り上げていた。
ぼんやりと見惚れている最中に言われたので反応出来ずにいた。
ランディはこちらを向いて橙に染まった頬を上げる。

「何だよ、折角の俺の語りは聞きたくねえってか?」
「ああ、いや…その、聞きたいよ」

ここで見惚れてたなんて言えば、ランディは茶化してさっきの話をうやむやにしてしまう気がしたので、おれは言葉を飲み込んだ。

「踊り子だったんだ」
「ああ、記憶はちょっとしかねえけど、綺麗だったぜ。親父が惚れ込むくらいだから頭も良かったんだろうな。抱かれた記憶が印象に残ってる。それが気持ち良くてな、俺はあの人に愛されてたんだなって思う」

らしくねえか、こんな事言って、とランディは頭を掻く。
旅の踊り子、聡明で妖艶な女性の姿がぼんやりと浮かび、その顔がどことなくランディとだぶった。

「ランディの顔は母親似なのか?」
「ん、ああ。どうだろうな、…でもそうだな、似てると思う」

ランディの顔をまじまじと眺め、その顔に母であった人を見る。垂れた目は人好きするところがあるし、薄い唇は荒れもなく潤って艶めき、口角は上がっている。全体のバランスを整える鼻筋の通りも綺麗でおれは改めて文句なく美しい様相に少しため息をついた。これが女性であったならさぞ綺麗だったことだろう。
おれも母親似だが、兄のガイが言ったことには、年齢よりずっと幼い雰囲気の姉のような顔立ちをした母だったと言う。それに似ているのだから童顔も仕方ないが、おれはランディみたいに大人の雰囲気を持った顔立ちに憧れがあった。

「羨ましいな、こんなに綺麗な顔立ちの人が母親なんてさ」
「綺麗って、俺の事か?」
「そう、ランディは綺麗だよ」
「何かなあ…カッコいいは嬉しいけど綺麗って…」
「ふふ、おれは羨ましいけどな」

キーアが風ぐるまをようやっと決めたらしく、片手にりんご飴、片手に風ぐるまを持って走り寄ってくる。と、足元の石ころにけっつまづいて、キーアが体勢をぐらりと崩した。おれが走り出す前にランディが咄嗟に走りキーアの体をしっかり腕の中で受け止める。

「キー坊!」
「あ…!ランディ!」

受け止められた腕の中で体勢を立て直すと、キーアはみるみるうちにしょんぼりした顔をする。

「大丈夫か?どこか打ったか?」
「あ、ううん。あの、ごめんね…あめ、付いちゃった」

ん、とランディが自分の服を見ると液体状の飴がべったりと付いている。

「気にすんなよ、ただの飴だろ。洗えば落ちるし」

ランディはそう言ってキーアの頭をわしゃわしゃと撫で付けていた。おれはその様子を少し離れた位置から眺め、わずかに笑う。まるで父親だ。

今度は転ばないようにと、祭りの休憩スペースで一息入れる。キーアは大きなりんご飴を無心で頬張りながら、目はあちこちきょろきょろしている。
その中で気づいたのか、少し目を伏せた。

「みんな、おかーさんがいるんだね」

子供連れの夫婦を見ながらキーアはりんご飴を食べる手を止めて、不思議そうな眼差しを送る。

「寂しいのか?」

ランディがそう尋ねると、キーアはぶんぶん首を振る。

「キーアのおかーさんはいないけど、ロイドとランディがいるからさみしくないよ!それにエリィもティオもツァイトもかちょーもいるしダドリーだってたまに来てくれるよ、モモもリュウもアンリもいるし、それにそれに、」
「ああ、オッケーオッケー。それだけいっぱいいれば寂しくないな?」

ランディは爆笑しそうになるのを手で押さえながらキーアの頭を撫でる。

「でもねえ、おかーさんてどんな感じなのかわからないから。ロイドにもランディにもおかーさんているんでしょ?」

好奇心でいっぱいの無邪気な質問におれは少し困った。
ランディも同じ様子で少し困ったように頬を掻く。

「ああ、」
「それは、そうだな」
「今はどこにいるの?」
「俺のおっかさんはあそこだ」

ランディが指をつっと天に向かわす。一際輝く一等星を指して、キーアに見えるか?と尋ねる。

「あの星がそうだ」

亡くなった人が空にいる、星になった、とは幼い頃よく言われた文句で、空に思いを馳せたものだ。
ランディは一等星の輝きを眺めて、艶やかな唇を動かしていた。

「へー。…とおいね」
「そう、遠くにいる」
「でも、でも、すぐ会えるね!」

空を見上げればそこに。そういう意味だろう。
ランディは面食らった顔をして、噴き出した。

「そうだな」

笑みを深くして慈愛に満ちた目をキーアに向ける。
もしランディの母が生きていて今の彼を見たらどう思うだろう。
戦場のみで生きる事を生まれる前から義務付けられた彼の今の姿。
幼い少女とまるで親子のように戯れながら、母がどこにいるのかと問われ星を指す。
穏やかそのものの姿を、母ならば涙を流して喜ぶのではないだろうか。


「あ、ながれぼしー!」
「ん?」
「本当だ」
「残念、俺は見れなかった」
「だいじょーぶ、ランディの分のお願い、したよ」
「へえ、どんな?」
「んーとね、お菓子作りが上手くなりますようにって」
「あ、ははは、まあ苦手だからな」

その様子を脇でくすくす笑いながら見る。ランディが困ったような顔でおれをちらりと見たので、また笑んだ。
おれも願い事をした。
まるで計ったようなタイミングで流れた流星はランディの母の嬉し涙に思えた。その涙に願う。


帰りに皆で短冊に願い事を書いた。
おれは一枚自分の願い事を書いてくくりつけ、2人に隠れてそっともう一枚書いた。

彼が現在から未来へ平和で安穏な日々を送れますようにと。


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