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いい加減、頃合も頃合になってくるとこぶしが咲き始めたりして、空はすうっと薄く青い。
別当職を継いだは良いものの面白くない。不満や不安ではなくて思った以上の退屈さを寄こしてくれるのだ。
あちこちを回っている方が性に合っているものだから書類の目通しや話し合いはつまらない。
下らない人間が近づいてくる事もあるにはあるからそれをあしらうのが楽しくないわけではないが、刺激が足らない。煙が立って欲しいわけではないが、刺激が足らない。
───まあ子供心や悪戯っぽさが充分に残っている年頃だから仕方ないだろう。
そう自分に納得させ、退屈な書類とのにらみ合いを続けて半刻。まだ半刻である。大きな欠伸をこさえて御簾越しの外に目をやる。吹き込んでくる風が随分と春の趣をもって肌を撫でた。春の風は絹のような感触だ。滑らかな、上等の薄絹を纏った瞬間に似ている。
「───・・・やめた、」
こんな良い日に外に出ないなんて馬鹿な話だ。
筆と印を放り投げ、一旦畳に寝転がって目を瞑る。一瞬の間の後、さっと寝返って四つん這いのまま御簾の近くまで向かった。軽く持ち上げると日差しと風が直に全身を通り抜ける。
御簾越しに当たったそれよりずっと柔らかい感触にくるまれる。日差しに目を眇めてぼんやりと見渡した先にはこぶしが暢気な白い花を零していた。
先日京の弁慶から手紙が届いた。
別当職就任の言祝ぎと、こちらにはまだ来れないが近いうちに必ず行くという侘びのような内容だった。
あの嘘吐きには散々付き合わされたから来ようが来なかろうが驚きはしないけれど、出来れば顔が見たい。
別当になったからと言うのではなく、春先のこぶしが咲く頃の陽気に当たると、どうしてだかそう思う事が多い。
欄干に頬杖をついて、段々とその場にしゃがみこむ。
うつらうつらとさせる陽気に誘い込まれて知らずにまどろんでくる。
(春眠暁を覚えず・・・ってか)
抵抗するのも無駄な事に思えて目を瞑った。
肌に感じる風はその事で一層濃く春を匂わせる。
花の香り。
鳥の声。
家人のさざめき。
それをかき消すように極近くで、玉砂利を踏みしめる音が聞こえた。
「寝てるんですか、」
欄干をよじ登ってきたらしい音がした。なんてことしてるんだ。
気配は段々近づいてくる。瞼に感じていた日差しが陰って、日向の匂いと白檀の香の匂いが周囲に満ちる。そういえばここ最近は晴れが続いていたから、ずっと外套も陽に干されていたような状態だったのだろうと思う。
「・・・何しにきたんだよ、」
「文は見ませんでした?・・・いえ・・・、別当就任おめでとう。来るのが遅れてしまってすいません」
「あんがと・・・」
ぶっきらぼうに言い放ったような言葉はただ眠いからだ。
別にこいつが本当にここに来た事に驚いているわけじゃない。
「君ね、目ぐらい開けて下さい、」
瞼に手が触れた。
促されて開いた視線の先にいたのは紛れも無い、叔父だ。
頭に何か白いものが見えて指を伸ばすとこぶしの花びらだった。
「そういえばもうそんな時期ですね」
弁慶は花びらを引き取った手で顎を捉えた。
(───ああ、そっか)
近づいてくる顔と背景のこぶしがだぶる。
いつも彼はこの時期帰ってきていたのだ。
(だから、)
幾度も弁慶の手の中で、春を知らせる淡い空気に包まれて眠っていた。
幼い頃が憧憬となって溢れ出し、知らずに伸びた腕が首に絡む。同時に彼の手が強く背を抱く。
この手の中で眠れる今に心地良くほろ酔っていった。
春に書いたんで季節外れ。(現在10月・・・)