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先だって亡くなった母の葬儀も済んだ頃、兄と一緒に山を歩いた。
早春の風はまだ寒く、少し息を深く吐くと白く濁って溶ける。
景色は、夏の熊野の緑生い茂った山野とは少し違って、出生したばかりのみどり児のような心もとなさがある。
「鬼若、あんま・・・気ィ落とすなよ」
「・・・はい、」
「それ、本当に埋めて良いのか」
気遣わしげに言った後、先を歩いていた兄が振り向いて、遺髪を指差す。
「母は・・・、僕に持っていられるより、あの世に持っていきたいと思うので・・・」
「そう、か」
紅い髪をぐしゃっとかき回して兄は少し物言いたげに視線をよこしたが、何も言わなかった。
赤子を腹に宿して十ヶ月、それでも生まれ出ずに八ヶ月。同じ容姿の子供は生まれた時から歯も髪も揃った鬼子だった。
父は怒り、母は嘆き、危うく殺められるところだったのを兄が止めたそうだ。
どのみち妾腹の子供などあっても争いの種になる。幼い時分に高野に預けられてからは、父母の事を思い出す日は薄くおぼろげになった。
以来訪れていなかったが、母が死んだ今、数年ぶりに熊野の土を踏む。
時折届く文にしたためられた熊野の変容は目まぐるしく、父が兄に別当を譲り、兄に子が出来、熊野三山は随分と変容した。
己だけが、あの日に捉われたまま何一つ変わらない焦燥を抱くばかりで、だから、今回の母の死が一つきっかけめいていた。
「ここらで良いか」
山の中腹に差し掛かるあたりに、一際大きな杉がある。
根本を指差して兄は笑った。ここなら母にも相応しいだろうと暗に言う。
「しかし、埋めるつもりならなんだって遺髪を貰ったりしたんだ」
「さあ・・・、ただ、母を少し、独占したかったのかもしれません」
二つか三つの頃にはもう高野にいたから、母の記憶はあまり無い。
思い出していつも浮かぶのはその手にある白刃の煌きと、弱々しく自分を呼ぶ声で、果たして愛情を注がれた事があったのかは謎だった。
けれど恐らく自分は母を、酷く欲していた。恋しかった。
疎まれようと殺められようと、傍にいたかった。
「僕なりのけじめですよ・・・、亡くなられては・・・いつまでも母を追えなくなってしまいましたから」
兄はそうかと呟いて、土を盛っている。自分も倣って土を盛りながら、過去を塗りつぶしているような気分でいた。
「そういやあ、お前、あいつと会って無いだろ」
「あいつ?」
「俺の子だよ」
「ああ・・・一昨年生まれた子ですか、」
「口も体も随分達者な奴だ。会ってやってくれ」
「・・・ええ、」
土で汚れた手を払いながら、曖昧に返事をする。
どんな子だろうか、男か女かさえ実は覚えていない。
「どんな子ですか」
「俺に似てるよ」
「それはそれは、女癖まで似ないと良いですね」
「・・・口が減らねえのはお前とソックリだな」
眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げると、兄は苦笑した。
似ている、と言われてどこかくすぐったいものを感じる。
血縁を意識するのは兄や母ばかりだったからか、それ以外に似ている者がいると言うのが不思議だ。
山を降りながらこれから会う甥を想像する。
紅い髪の、悪戯めいた表情がふと過ぎって、未だ知らない子を酷く愛しいと思った。
早春の風はまだ寒く、少し息を深く吐くと白く濁って溶ける。
景色は、夏の熊野の緑生い茂った山野とは少し違って、出生したばかりのみどり児のような心もとなさがある。
「鬼若、あんま・・・気ィ落とすなよ」
「・・・はい、」
「それ、本当に埋めて良いのか」
気遣わしげに言った後、先を歩いていた兄が振り向いて、遺髪を指差す。
「母は・・・、僕に持っていられるより、あの世に持っていきたいと思うので・・・」
「そう、か」
紅い髪をぐしゃっとかき回して兄は少し物言いたげに視線をよこしたが、何も言わなかった。
赤子を腹に宿して十ヶ月、それでも生まれ出ずに八ヶ月。同じ容姿の子供は生まれた時から歯も髪も揃った鬼子だった。
父は怒り、母は嘆き、危うく殺められるところだったのを兄が止めたそうだ。
どのみち妾腹の子供などあっても争いの種になる。幼い時分に高野に預けられてからは、父母の事を思い出す日は薄くおぼろげになった。
以来訪れていなかったが、母が死んだ今、数年ぶりに熊野の土を踏む。
時折届く文にしたためられた熊野の変容は目まぐるしく、父が兄に別当を譲り、兄に子が出来、熊野三山は随分と変容した。
己だけが、あの日に捉われたまま何一つ変わらない焦燥を抱くばかりで、だから、今回の母の死が一つきっかけめいていた。
「ここらで良いか」
山の中腹に差し掛かるあたりに、一際大きな杉がある。
根本を指差して兄は笑った。ここなら母にも相応しいだろうと暗に言う。
「しかし、埋めるつもりならなんだって遺髪を貰ったりしたんだ」
「さあ・・・、ただ、母を少し、独占したかったのかもしれません」
二つか三つの頃にはもう高野にいたから、母の記憶はあまり無い。
思い出していつも浮かぶのはその手にある白刃の煌きと、弱々しく自分を呼ぶ声で、果たして愛情を注がれた事があったのかは謎だった。
けれど恐らく自分は母を、酷く欲していた。恋しかった。
疎まれようと殺められようと、傍にいたかった。
「僕なりのけじめですよ・・・、亡くなられては・・・いつまでも母を追えなくなってしまいましたから」
兄はそうかと呟いて、土を盛っている。自分も倣って土を盛りながら、過去を塗りつぶしているような気分でいた。
「そういやあ、お前、あいつと会って無いだろ」
「あいつ?」
「俺の子だよ」
「ああ・・・一昨年生まれた子ですか、」
「口も体も随分達者な奴だ。会ってやってくれ」
「・・・ええ、」
土で汚れた手を払いながら、曖昧に返事をする。
どんな子だろうか、男か女かさえ実は覚えていない。
「どんな子ですか」
「俺に似てるよ」
「それはそれは、女癖まで似ないと良いですね」
「・・・口が減らねえのはお前とソックリだな」
眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げると、兄は苦笑した。
似ている、と言われてどこかくすぐったいものを感じる。
血縁を意識するのは兄や母ばかりだったからか、それ以外に似ている者がいると言うのが不思議だ。
山を降りながらこれから会う甥を想像する。
紅い髪の、悪戯めいた表情がふと過ぎって、未だ知らない子を酷く愛しいと思った。
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