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隣で景時が紙袋をガサガサ言わせながら、譲の家までの道を辿る。
おれは手ぶらでその少し後ろを歩きながらポケットに手を突っ込んでいた。
さっきコケて擦りむいた手の平がひりひりする。
「手、大丈夫?」
「少しひりひりする、」
「後で消毒した方が良いね」
「あー、うん、」
買い物に行くと言ったら、譲がこれも一緒になんて紙切れを渡してきた。
安請け合いして出先でメモを開いたら一人で抱え切れる量かどうか微妙だった。
将臣か景時が近くのどこかに行くと言ってたような気がしたから、携帯の電話帳を見比べてなんとなしに、景時に繋げた。別に景時を頼りたかったとかそういうわけじゃない。断じて。
「しかし譲君もこんなにいっぱい・・・。ヒノエくん大変だったでしょ」
「まったくだよ。人使いが荒いったら」
景時は苦笑しておれを見る。
「今日ね、弁慶と将臣君と出かけたんだよ」
話題をそらすように景時は今日の下らない話を始める。
八幡宮の建物の形が違う事から始まり、どこのはんぺんが美味かっただのと食の話になり、やがて家電製品の話になると止まらなくなっていく景時の話を聞き流す。
その調子で店でずっと将臣や弁慶を付き合せていたんだろうかと思うと、案外あの二人も辛抱強いと感心する。
「───・・・それでね、そのドラム式洗濯機の」
「あ、ちょっと、」
上の空で歩いていたら気づくともう家が目の前だった。
そのまま通り過ぎそうな景時の袖を引く。すると景時は少し目線をよこして気づかなかったかのように通り過ぎて行く。
一瞬呆気に取られて家の前で立ち尽くしそうになったが、慌てて追いかける。別に放置しておいても構わないけどあのまま一人で喋っていたら明らかに変質者だ。
「景時っ、もうそこ・・・」
「でね、俺もうそれがすんごく楽しくてしょうがなくてさ、」
「聞いてんのか、おっさん!」
景時が手にしていた紙袋の一つを奪って行く手を阻む。景時は少しへらっと笑った。
「はは、ゴメンね。」
「なんなんだよ、首切られたサラリーマンかあんた。帰りたくないのかよ」
「うーん、そうとも言えるし、そうでもないかなぁ」
「どっちだよ」
どっちでも構わないがさっさと帰りたくて景時の不可解な行動の理由を問いただす。
「今日さ、すごく嬉しかったんだよ」
「出かけたのが?」
「ううん、ヒノエくんが呼んでくれて」
「なんで」
「なんでって・・・、そりゃあ好きな子に頼って貰えるの、嬉しいでしょ」
一瞬意味を図りかねて沈黙が間を流れる。
好き?それって美味いんだろうかなどと埒も無い事が浮かぶ。
固まったおれを労わるように目線を寄こして、景時はまた苦笑する。
「さ、帰ろうか、」
「ちょっ、ちょ、待てよ!待てって!」
「今日の夕飯なんだろうねぇ」
「話聞けよ!」
「譲君は何作っても上手だから毎日楽しみなんだよねぇ」
景時が好きって言う好きはあの好きなんだろうか。やっぱり。
だとしたらタチが悪い。あんなにさらっと言っておいて、こんなにおれの気持ちを無視した反応をされて、おれはどうしたら良いのか分からなくて無駄にあくせくする。
「かげと・・・」
「ごめんね。もうさっきの話は終わり。ヒノエくん、お腹空いたでしょ?」
そう言った景時の顔が随分淡々として少し悲しそうだったのが、こちらも胸が痛む。別におれは何も悪い事なんかしてないのに。腹が立ってくる。勝手に自己完結しやがって。
「ドア開けてくれる?」
「やだね、」
こいつの言う事を聞く気になれずに、ドアを開けられないように前に立つ。
案の定困ったように景時がこちらを見て、仕方ないと言うように荷物を地面に置いた。
ドアに張り付いたおれの腕を景時が引く。
「ヒノエくん、・・・ごめん。俺、変な事言ったよね、その、」
「手、」
「え?」
「手、舐めて。ひりひりして痛い」
縁石につまづいてコケた時の擦り傷はまだ砂利が紛れて赤らんでいた。
うっすら出た血はもう固まっていたが、痛々しいのに変わりはない。
差し出した手に景時は言われるまま顔を近づける。息の湿りを感じるのと同時にぬめった舌の感触が伝った。背筋がざわつく。
景時はそこから袖をまくってさらに肘の方まで丁寧に舐め上げる。
その様子を見ながら、今日おれがこいつを呼んだ理由がまるでこうしてもらうためだったような気がしてならなくなった。
一番こいつが我が侭なことをしているくせに、おれの我が侭を全て聞いてもらえているような気にもなる。
「あんた、・・・ずるいよな」
「え、え、ごめん、」
「なんで謝るんだよ・・・。あのさ、おれ、あんたのこと」
景時が口に指を押し当てる。
「それはまた今度聞かせて。嬉しすぎて、もう今日は、お腹一杯」
景時はそう言って嬉しそうに笑っていた。
舐めて貰った手がやたらに熱い。
じりじりした感触にぼおっとしながら、今の気持ちをもてあます。
分からないのではなく、溢れすぎていて。
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