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よく小さい頃はあちらやこちらの草花を教えて貰った。
足元にあるものから、話に聞いただけでは分からず、わざわざ連れて行かせていた。
色や形は想像と違う事が多く、甘いとか爽やかだとか香りの形容は触れてしか分からない。

その触れた感覚は、病み付くものだった。




「ああ、つつじによく似ていますね、美味しいです」

弁慶は笑って砂糖菓子を口に含む。実は甘いものが好きだなんて割と最近知った。苦い匂いがいつもするから、勝手に甘いものは好きじゃないと思っていた。可笑しな話だ。

「つつじ…?」
「ええ。味がよく似ています。甘くて」

こいつは花や草を食べて歩いているのか。
やりかねないと思って苦笑いをすると、心を読んだらしい弁慶は訂正する。

「花を食べるんじゃないですよ」

弁慶はにーっといやに子供っぽく笑った。半あぐらの膝に頬杖をついて、こちらを幸せそうに見る。無言で問いかけているみたいだ。

「蜜?」
「そう。」
「・・・蜜ね、」
「花の下からこうね、吸うと、甘くて美味しいんですよ」

宙に花が見えているらしい。
指先でそれを摘まみながら、記憶の甘味を味わっている。

「どんな味」
「どんな・・・・、甘いですよ」
「そんで?」
「柔らかい香りがして、」
「あとは」
「特には・・・ああ、花粉が入ってくると少し味が損なわれますけど、」
「咽喉に詰まりそうだな、」
「ええ、そんな、」

弁慶は苦笑した。むせた事でもあるんだろうか。状況を想像して少し可笑しくなる。


「───・・・随分興味があるんですね、」

良い気分で笑っていたのが、したり顔になった弁慶に言葉がうずくまる。
別にそのものに興味があるわけじゃない。さして味わいたいわけじゃない。
けれどこいつが花の蜜なんか吸って美味いなんて変な事を言ったから気になる。
それを弁慶は分かっていて、でも普段なら隠す態度を隠そうともしないのが嫌になった。

「あー・・・、まあ。・・・でもまだ、つつじの時期じゃないだろ」


気をそらして庭先を眺めると満開の桜が枝を嬉しそうに振っている。薬玉みたいな花が風と擦り合わさってしゃらしゃら鳴り響いた。
弁慶の返事が無かった事に気づいてちらりと視線を横にやると、同じように桜を見ながら菓子を口に運んでいた。盆に乗せてきた分は大分減っている。
足してこようと腰を浮かすと、弁慶は最後の一つを手に取って口に含んだ。
行儀悪く手に付いた粉を舌で舐め取ると、添えられていた懐紙で指を拭く。
少してらつく指先や舌に目が吸い寄せられた。こういう行動は大概確信でもってされているから嫌になる。

「残ってるの、全部持ってきてやるよ」

こいつの思う通りにはなりたくない意地だけでその場を去ろうとすると、軽く袖を引かれる。
しゃがんだら思う壺だ。

そう、分かっているのに、弁慶の目は猫のような微妙な色合いで潤む。

引かれるままゆっくり膝をつくと持っていた盆は床に放置された。
髪を梳かれて声を押し殺す。竦めた身体に寄り添ってくる熱が酷く心地良くて嫌になる。意地から突っぱねようとする腕をさも当たり前のように肩に回させて、弁慶は一つ息を吐いた。

「嫌じゃないでしょう、」

瞼に指が触れ、目を瞑らされ、段々近づいてくる気配に期待感と負けたような悔しさがこみ上げてきて、どうしようもなくなった。
瞼から下りてきた指が唇を撫で、割らせる。

薄く開いたそこに、甘い味がした。











陽が陰ってくると風は冷たい。簾越しに薄暗く、薄明るい空と桜の陰影が匂う。
素肌に纏わりつく言い様の無いだるさを助長させた。



「つつじ・・・・、吸いに行きますか、」

背中から問いかける声は少し眠そうだ。
身体に絡まった腕を辿って指先を開いたり閉じたり遊びながら目を瞑る。

「まだ、咲いてない・・・」
「咲いたら、」
「・・・。あぁ、・・・・うん」

弄んでいた指先に指を絡めて生返事のような曖昧さで頷く。

甘い香り、甘い匂い、聞くだけで分からないものを求めるのは、弁慶の心を探っている事とよく似ていると思う。分かるようでいて、本質は分からない。
花に触れた瞬間聞いていた事が明確になるように、触れ合ってしまえば探っていた何かに気づく。

ふと寝返ってうつ伏せる。
頬杖をついた。


花の蜜を吸ったら、知らなかった甘さに病み付くかもしれない。
同じように、彼の知らないところを暴いたらどうなるだろう。


病み付かずにいられる自信は、さらさら、無い───。

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