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重い体を起こして、障子を開ける。

彼誰時をそろそろ過ぎて

陽が一面に顔を覗かせようとしている。



「おはようございます」



欄干の下から声がした。

同じように気だるそうな顔をして

弁慶が立っている。

昨日の今日で

どことなく顔を合わせるのも気まずい気がしたが

それは自分より彼の方だろうと思う。



「はよ・・・、何してんだよ」

「君がいつ出てくるかと思っていました」

「天岩戸の中にいて、自分から出てったくせに?」

「つれないんですね」



そうして、ふふ、と笑う。



「あんた、昨日自分が言った事、覚えてるか」



白い寝巻きが風になびく。

春先はまだ薄ら寒く

寝巻きから透けて見える足や腕が弱々しく見えた。



弁慶は表情を崩さないまま一瞬目を見開いた。



「僕が、何かしましたか?」



笑みは深くなる。



「生憎、昨日は酔っていましたから、

・・・、気に障ることを言ったなら、すいません」



眉が、すまなそうに下がる。



「・・・・覚えて無いなら、良いさ」



欄干を握り締める。

あの新月に隠されてしまうのなら

それで構わない、それで良いのだ。



「ヒノエ」



差し出した手が何かを握り締めている。

反射的に手を出すと、そこにポトリと何かが落ちてきた。



「これは」

「金雲母です。珍しくも無いですけど、綺麗でしょう」

「・・・ああ」

「幼い頃、それを金だと思っていたんですけど、大人に違うと言われてから目を向けなくなってしまいました」

「ふうん・・・、」

「もっとも・・・物の価値など人が決めているに過ぎません。自分で美しいと思えるのなら、世間の価値など関係無いでしょう。

けれど・・・、そう言った心とは別に、求める物が金で、周りに金雲母が散らばっていたら、本物は見つけ辛いかもしれませんね。きっと、いくつもいくつも間違いを手にする。落ち込んだり、放り出したくなったり」



己の気持ちの、どれも本当であって本当ではない。

一つの真理があるはずだと、心の中で探るのに

彼の人と、この少年と、揺らぐものがある。



「実際のところはどうか知らねえが、決めるのが自分なら、おれは金雲母でも金でも、自分の気に入ったものを選ぶね」



何となく、少年は自分の勘として

弁慶が惑っているのを気取っていた。



「あんたは誰かに決めさせるのは得意だけど、自分で決めるのは苦手だったな。自分でやる時ゃ、何も言わない」



弁慶は表情を緩めると、苦く笑い、頭から外套を外す。



この聡い子が、大体自分の迷いを指摘してしまうので

顔を隠してはいられなくなる。



「まだ迷うのか」

「さあ・・・、それは僕次第です」

「それも、そうか」



手にした雲母は朝日に映えてキラキラと光る。

表面の金色を指で擦ると、破片が舞い落ちた。

中から黒く光る石が顔を覗かせる。



「あんたみたいな石だな」

「え?」

「外はキンキラ、中は真っ黒」



お互い顔を見合わせると

どちらからともなく笑ってしまった。



「これ、貰って良いか」

「え、ええ」

「叔父上様の迷いの証はどこぞ、ここぞってな」



手にした石を指差して、少年は笑う。

立ち上がり部屋の中に再び入ると、一度振り返った。



「また来たきゃ来ればいいさ、」

「・・・」

「迷うのは、あんただけじゃない」





不確かな心を埋めるように

かつての人を想いながら抱かれているのだと思っていた。

それでも構わないと思った。

指先から甘く痺れ

じわりと溶かされていくあの声色にほだされて。



「ありがとうございます」

「・・・名前を、呼んだら、」



一瞬、躊躇して、呼吸を再び整える。



「おれも、呼んでやる」



途端、ぴしゃりと閉じられた障子の向こうを思いながら

弁慶は笑みを零した。



振り返って見た先は

熊野の峰が稜線を明らかにし

確かな神気を帯びて、迷う人々を照らし始めていた。

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