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町で頼まれた怨霊退治から帰る頃には、暮れかけた陽が山間から光線を延ばしていた。
若い仲間達は前方でからからと喋り続けているが、意外にてこずって疲れ果てた年長組は後ろからほとほとと後を追う形でしか歩かない。
景時は左の耳を押さえた。先ほどよりはマシになったが幾らか痛みが残っている。加えて結界を張り続けて集中力が限界まで引き伸ばされた。隣に目をやると仲間の治癒に専念していた弁慶も多少疲れが見えていた。


黙々と歩いていた横にふと影が横切る。
それが一瞬何か分からなくて目を眇めると赤い髪が陽を反射した。ヒノエの顔は逆光で見えない。
今さっき前を歩いていたはずだったと前に目をやると九郎と敦盛、譲と白龍の姿しか見えなかった。
唐突に腕を取られて二の腕の辺りをまくられる。ヒノエは首を傾げていた。



「…って、・・・・った?」
「え?なに?」



内心冷やりとする。
もともとよく聞こえない右耳にも手を添えた。左の耳も先ほどの戦闘で強かに打たれて一瞬音が遠ざかった。もしかしたら本当に聞こえが悪くなったのかと、彼の左側に回ってもう一度聞き返す。
ヒノエは不審な顔をする。それを誤魔化すように問いを促すと、ヒノエはこちらをねめつける。



「…。怪我でもしてんじゃねえのかって」



すとんと、胸の中に何か落ちる。聞こえた事に安堵した。



「え、いやしてないよ?」
「みたいだな。」
「どうしたの」
「別に・・・」



身を翻して先頭の集団に向かってかけていく。
この様子だと恐らくは戦闘が終えた時から自分の姿を見ていたのだろう。耳の痛みでふらついたところでも見られたのか。
聾の事を知っている弁慶は隣で苦笑していた。



「景時の耳の事まではあの子も知らないんですね」
「・・・言わない方が良いでしょ、こういう事はさ」



幼い頃からそれは当たり前だったから、この年になっても当たり前だった。
心配されたり、気づかれたりする事で相手が不安がる顔はどうにも胃の辺りをきりきりとさせられて、必然的に隠す事になったのが悪いとは思わない。
自分の事で気を使われるのは嫌いなわけではない、だが、申し訳なくなるのだ。



「知った時のあの子の怒る顔が目に浮かびますね」



弁慶は外套を外して頭を振った。薄黄金の波うちが肩を滑る。



「ばらさないでよ、」
「さてね、」



弁慶は咽喉の奥で笑った。



「いえ、まあ・・・、僕が言う前にあの子なら気づくでしょう」



当たり前のことを言う弁慶に生返事をしながら時折前に目をやる。望美と戯れながら、ヒノエがこちらを見た。かちあった若い苛烈な瞳が何かを探している。


別に聾の事など言われても気づかれても困らない。ばれてしまうならそれでも構わない。
ただ彼に悟られるのは嫌な話だった。



「大した自惚れだよね、」
「はい・・・?」
「何でもない、」

 

 





その晩の景時はどうもおかしかった。
昼間からおかしかったが、夜になるともっとおかしかった。
どのくらいおかしいかって、九郎が平家と手を繋ぐほどおかしい。
それを感じたのはきっとおれだけだったろうと思うけれど。




夕餉を終えた後、景時の部屋で何をするともなくべたべたと体を寄せていた。
帰ってきてしばらくは晴れていたのが夜半には雨が降り注ぎ始め、屋の外はひょうひょうと凍えた音が聞こえ、梅雨のはずだが白い息でも吐けそうなほど寒い。
部屋は灯明の油が消えて真っ暗だ。部屋は眠りを求めているが、おれは何となくそこを離れられなかった。誘うように景時の指先に触れる。
触れた指に手を擦り合わせていると、引き掴まれて体勢を崩した。抱き込まれた背中に相手の体温が触れる。
相手の右手を取って両の手で包み同じくらい冷えたそれらを擦り合わせて息をかけると、手が逃げ出して今度はこちらの手をすっぽりと包んだ。
肩に頭を預ける格好で、こいつにしては珍しく甘えたように首筋を舐ってくる。
背が粟立ち少し反らすと手を包んでいたはずの手が逃がすまいと抱きしめた。
声を漏らせばすぐ隣の部屋の連中に聞こえると思って唇を噛み締めるが、それを嫌がるように景時の指が口を割らせて入り込んでくる。



「噛んで良いよ、・・・声、聞かせて」
「…っ、ぅ」



耳のすぐ傍で言うとそのまま舌をねじ込んでくる。噛まないように、けれど声を漏らさないように、指をしゃぶるようにしてどうにか堪え続けても、脇や背を撫で上げられて細く悲鳴が上がってしまった。
慌てて、躊躇いながら景時の体を離れる。逃げた布団の上はひやりとしていて、熱が上がりかけた体には都合が良かったのに、景時は上に覆いかぶさってくる。




何度か抵抗らしい抵抗をしてみても、景時はやめない。体格が違えば当然抗いようもない。
閉じようとする口を何度も指でこじ開けるこいつの息遣いや熱に意識を向けた。
輪郭を確かめるように指や唇が脚の先から髪の一本まで辿り続ける。息が荒れて熱が否応なく昂ぶっていく感覚に、救いを求めるように目の前の首に腕を回して体をくねらせた。胸の奥に詰まった情念でむせ返って、ばたばたと涙が零れていく。時々景時が労わるようにふくらはぎに口付け、何度も謝っていた。



内に押し入られてしばらくすると、意識は急な明滅を繰り返し、段々と目の前がおかしくなっていく。
達する間際に触れた景時の頬はだらりと下がっていて、いかにも辛そうな顔をしているのだろう、自分にも訳の分からない痛みが生まれてきた。

 






だるさを引きずったまま上がった息が整った頃に、自分を抱える腕を摩りながら少し体を小さく丸める。



「平三・・・、」
「ん、」
「耳、平気?」



景時が一瞬身を固くする。そうだろう、こいつは隠しているつもりだったんだ。おれだって隠されているふりをしていた。聞かない方がこいつは傷つかないでいられると思っていたから。けれどどうにも、一つ踏み込んでしまいたかった。
おれを抱きかかえながら景時の口からは息が出たり入ったりして何を言おうか戸惑っているらしかった。



「・・・いつから?」
「会った時に気づいた、」
「ヒノエくんは聡いね、やっぱり、」
「今日のは?」
「・・・・、平気。聞こえるよ、」
「そう、」
「あ、・・・心配し、た?」



言葉尻は濁る。こいつはこういう時、どうしても引け目のようなものでも感じているのだろうか。
心配されたりする事が嬉しい反面申し訳無いと思っているような。だから隠そうとする。



「当たり前だろーが」
「ごめんね、」
「何で謝るんだよ」
「笑うかな・・・、・・・ヒノエくんの声がね、聞こえなくなったらどうしようって。それで・・・君が、怒ったり悲しんだりしたらどうしようって」
「笑わないでおいてやるけど、大した自惚れだな」
「・・・そうだね、」
「でも外れちゃいない、」
「そう?・・・」



後ろ抱きにされていたのを振り向いて、肩口に顔を埋める。
左耳に唇を当てて、馬鹿みたいに名前を何度も呼ぶ。
景時はそれを噛み締めるように何度も頷いていた。
人間は欲張りだ。欲しい相手の姿だけで良いと思っていたかと思うと、声も、姿もその魂さえ欲しがろうとする。当たり前の欲だ。ぶつけられるとそれは煩わしい反面酷く愛おしい。



「おれも・・・、あんただったら、きっとそう思う、・・・多分な。」



景時の口が何か呟こうとするのを無理やり口で塞いで上から体を押さえ込む。
全て欲しい、全て失いたくない、けれど、無いからと言って愛しさは薄れない。
声も体も温もりも、目に見えない心でさえ、そこにあった事を知っているから。
それを分からせるように、自分がされたのと同じような手管で体を愛撫する。
口の中で暴ぜた熱を飲み下しながら、小さく聞こえた声に嬉しくなった。

 

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